遊佐町沖に導入する洋上風力発電事業が地域に与える影響や課題を地域住民も含めて議論する山形県地域協調型洋上風力発電研究・検討会議「遊佐沿岸域検討部会」(部会長・三木潤一東北公益文科大学公益学部長、委員29人)の本度初会合が10月23日、遊佐町内で開かれ、委員から同町沖での事業推進を危惧する声や、洋上風車が建つことに伴う漁業や環境への影響を不安視する意見が上がった。委員からはこれまでも、漁業や環境に支障が出ることに対して心配する声が聞かれていたが、選定事業者の決定以降も事業化への懸念が依然として解消されていない実態が垣間見えている。(編集主幹・菅原宏之)
選定事業者の山形遊佐洋上風力合同会社は、大手総合商社の丸紅(株)(東京都)、総合建設業の(株)丸高(酒田市)、関西電力(株)(大阪市)、国際エネルギー企業BP(英・ロンドン)100%子会社のBPIOTA、東京瓦斯(株)(東京都)の計5社で設立した事業会社。
当日は、遊佐沿岸域検討部会を構成している同社や地域住民、海域利用者、同町の経済団体の代表者、有識者、国、県、遊佐町の担当者らのほか、同部会を傍聴した一般住民を含め計約60人が出席した。
意見交換では、三菱商事(株)が8月下旬に、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、同県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖の3海域で計画していた洋上風力発電事業からの撤退を発表したことを受け、複数の委員から遊佐町沖での事業継続を履行するよう求める声や事業推進を危ぶむ声が出た。
佐藤憲三・遊佐地域づくり協議会長は「選定事業者からは『(撤退はしないので)大丈夫』という力強い発言を頂きたい」と述べ、菅原博生・高瀬まちづくりの会長は「一部住民から(撤退に対する)不安の声が出ており、『その後どうなっているのか』といった質問も寄せられている」と明かした。
これに対し吉川雄大・山形遊佐洋上風力合同会社プロジェクトディレクターは、三菱商事は新型コロナウイルスのまん延やウクライナ危機に端を発したサプライチェーン(供給連鎖)の逼迫、インフレ、為替変動、金利上昇などによる想定以上の事業環境の変化を背景に撤退を公表した、と説明した。
その上で「遊佐町沖の案件は2024年に応札しており、21年に応札した三菱商事とは時期が異なり、インフレや為替変動による影響も一定程度織り込んでいる。また遊佐町沖の案件は、相対で売電条件や売電価格を交渉して決めることができるFIP(プレミアム付与制度)での応札であり、FIT(固定価格買い取り制度)で応札した三菱商事とは、売電収入の柔軟性が大きく異なる」と解説した。
一方で、洋上風力発電を取り巻く事業環境は、遊佐町沖の案件も厳しいのは事実、との認識も示し「国が進めている事業環境整備の議論を注視している。業務の効率化などを進めて事業の実現に向け、全力を尽くしていきたい」と述べた。
伊原光臣・山形県漁業協同組合理事は「(洋上風車が建設されれば)事業化想定海域で操業している漁業者は最も影響を受けるが、周辺で操業している漁船や魚類への間接的な影響もある。まずは実態を把握することが必要。漁業影響調査では、できるだけ直近の現状を把握するよう進めてほしい」と要望した。
さらに「海岸には陸上風車が建ち、砂丘地の近くにはバイオマス発電所、太陽光発電所、酒田北港には火力発電所もある。そうした中に洋上風車が建つため、多岐にわたり影響があると考えられる。漁業者は海岸から一番近くの住民でもあり、そうした点も環境影響評価で予測・評価してもらい、漁業者の不安解消に努めてほしい」と話した。
吉川プロジェクトディレクターは「漁業影響調査は、調査内容を固めるための検討を進めており、来年から実施できるようにしたい。環境影響評価も現在、各種諸元データの集約や予測・評価といった作業を進めている段階で、来年に予定する住民説明会の場で評価結果を説明したい」と答えた。
近藤忠男・日本野鳥の会山形県支部副支部長は「事業化想定海域は、環境省の風力発電における鳥類のセンシティビティマップの中で注意喚起レベルが高い区域。特に全国有数の白鳥飛来地の最上川河口や大山下池・上池は、渡り鳥の移動ルートとされている。移動ルートへの影響やバードストライク(鳥の衝突)の回避に向けて、環境影響評価準備書でどのような対応を考えているのか聞きたい」と説明を求めた。
合同会社側は「来年に住民説明会を開き、説明したい」と述べるにとどまった。
五十嵐敏彦・山形県北部小型船漁業組合員は①遊佐町沖は再エネ海域利用法に基づく促進区域に指定されており、同法が適用される。海底地盤調査に当たり、山形県漁協からは「同意を得る相手は海を使う可能性のある人」と説明を受けているが、同法のどこに記載されているのか②海底地盤調査に際し、山形県漁協から我々が同意を求められた条件は今年4月1日~8月31日。同調査は9月末まで行われたということだが、9月以降はどのような手続きによって調査をしたのか―の2点についてただした。
①について経済産業省資源エネルギー庁新エネルギー課の担当者は「再エネ海域利用法には記されていない。法定協議会の意見取りまとめをする中で、決めていただくという運用で進めている」などと答えた。
②について合同会社側は「東北地方整備局港湾管理課の担当者に相談の上、延長に関する部分を進めた」と説明。五十嵐組合員が担当者の氏名を公表するよう求めたが、合同会社側は同意が得られていないことを理由に、公表を拒んだ。
西村盛・山形県漁業協同組合専務理事からは▼漁業権は10年で更新されるが、(現在進めている制度の全体的な見直しの中で)洋上風力発電事業者の占用期間が30年以上になる可能性があるため、漁業権者と話し合う機会がほしい▼山形県漁協では再エネ海域利用法を踏まえ、法律や漁業権、組合員行使権などに抵触しないよう各種の手続きを進めているが、そうしたことを学ぶ勉強会を開いてほしい▼公募の際に合同会社側が示した内容が、本当に履行されているのかどうかを確かめるシステムが必要―といった意見や要望が出た。
菅原・高瀬まちづくりの会長は「地区住民からは雇用を創出し、若年層が地域に根付いて将来を描けるような環境、地域づくりを進めてほしいという声が寄せられている」と紹介した。
吉川プロジェクトディレクターは「丸紅では、秋田県能代市に運転管理事務所を設けており、庄内地域出身の若者も働いている。遊佐町沖の案件が実現すれば、運転管理のノウハウを持って庄内に戻りたいという若者もいる。遊佐町沖の案件でも雇用の創出に努めていきたい」との考えを示した。
同部会では、吉川プロジェクトディレクターが事業の進み具合なども報告した。
それによると、海底地盤調査は、9月末に現場の調査が完了し、現在調査データの整理や室内試験を進めている。今後は調査結果を風車や基礎構造物などの設計に反映し、設計審査手続きを27年まで実施していく。
環境影響評価の手続きも進めており、26年に評価結果を住民説明会の場で説明したい考え。
漁業影響調査は、26年4月からの実施に向け、漁業影響調査計画を固めるための準備を進めている。