2024年は元日の能登半島地震に始まり、7月25日には県内を未曽有の大雨災害が襲い、9月22日は前日の奥能登豪雨に続き酒田市で大雨による避難指示と、自然災害が次々と起きた。一方で少子高齢化が加速し、多様な問題が現れてきている。こうした中で、私たちが暮らす庄内のまちづくりや地域づくりは、どのように進めていけばよいのだろうか。本紙ではこうした問題を広く住民に考えてもらう機会にしようと、各界で活動中の方たちに課題や提言を話し合ってもらった。(司会=菅原宏之編集主幹、土田哲史編集部課長)
髙橋 剛 氏 (株)丸高代表取締役会長
酒田市出身。同市の(株)丸高代表取締役社長を経て、2024年8月から現職。いろは蔵パーク(株)代表取締役、県建設業協会酒田支部代表理事、旧清水屋エリアを核とする中心市街地再生協議会副会長を務めている。
小池 健太郎 氏 小池不動産事務所
鶴岡市出身。華専門学校卒。都内不動産会社に勤務し、30歳を機に現在の仕事に従事。宅建協会鶴岡役員を務め、空き家相談会やNPO法人つるおか・ランドバンク委員会に協力。鶴岡商工会議所青年部会長。
中野 律 氏 DEGAM鶴岡ツーリズムビューロー鶴岡ふうどガイド担当
鶴岡市出身。総合商社などを経てUターン。藤島商工会の商業スペース運営などを務め、2012年鶴岡食文化創造都市推進協議会に入り庄内酒まつりを企画運営し、鶴岡ふうどガイドの人材を育成。20年から現職。
加藤 勝 氏 鶴岡市三瀬地区自治会長
鶴岡市三瀬出身。三瀬地区自治会長を務めて現在13年目。住民一人一人が活気にあふれ、安心安全に過ごし、皆で助け合いながら三瀬で過ごせるように意識し、努めている。
菊池 俊一 氏 山形大学農学部准教授
青森市出身。博士(農学)を2002年に取得(北海道大学)。1992年から北海道大学農学部助手、2009年から山形大学農学部准教授を務める。専門は森林科学、攪乱生態学、流域環境保全学。
司会 まずは自己紹介を。
髙橋 当社は総合建設業で土木、建築、不動産等、建設に関わることを幅広くやっている。建設業協会の会長もやっており、7月の大雨災害では業界一丸となって復旧に協力し、うまくいった方ではないかと思う。これまで酒田は災害がほとんどなかった。今回の未曽有の災害では、最初は手間取ったがうまく対応できたのではないかと思っている。
我々が住むこの地域は、このままでは消滅してしまうのではないかという強い危機感がある。酒田市中心部もシャッターを閉めている所が多い。この街を何とかしなければならないと、数年前から仲間を募り取り組んでいる。
ひとつ成果として挙げられるのは、酒田商業高校跡地の開発事業。酒田市で行ったコンペに、地元企業の力を結集させて臨んだところ、幸いなことに大手企業に勝ち、地元チームで取ることができた。2025年3月末にオープンが決まっており、建設工事の進捗も順調だ。地元資本だけでやるというのは、結構珍しいパターン。このような取り組みが地域の活性化につながればと思い活動している。
小池 鶴岡市の致道博物館前で不動産業を営んでいる。祖父が開業し、新年で64年目を迎える。市内の賃貸、売買の仲介とマンションやアパートの管理が主な業務。
近年は日本海沿岸部に別荘・2拠点居住用の不動産を探しに来る人が一定数いる。三瀬にある一軒家の売却依頼を受けて、ユーチューブで配信したところ反応がよく、契約に至った。その後も別荘向け物件の発信に力を入れている。
県外の方や内陸の方は海への憧れが強く、遠くは群馬県や仙台の方が別荘として購入している。市街地と沿岸部では求められているニーズが違うため、差別化して取り組んでいる。
加藤 小池さんの話にあった沿岸部の三瀬、450世帯1200人弱の集落から来た。鶴岡市内では大きめのコミュニティで、さまざまな事業を展開し取り組んでいるが、人口減少に歯止めがかからない。この春まで鶴岡市の自治会長、市全体の自主防災協議会長を務めていた。
元日の能登半島地震での教訓として、防災組織の形骸化とハードの脆弱性が再確認された。今日の座談会で打開策を得ることができればと期待している。
中野 2020年3月まで、鶴岡食文化創造都市推進協議会で鶴岡の食文化推進事業に携わっていた。その時に「鶴岡ふうどガイド」を作った。ふうどガイドの「ふうど」は食べもののフードと風土の意味を持ち、鶴岡で出会う一皿の裏側にあるストーリーを伝える「食文化」に特化したガイド。
現在はDMO(観光地域づくり推進法人)の一般社団法人DEGAM鶴岡ツーリズムビューローに所属し、食と観光を担当している。鶴岡の魅力極まるさまざまな食文化は、世界の課題に貢献できる力を持ち、未来の暮らしを豊かにしてくれると信じ、鶴岡の食文化の文化的、産業的価値を上げることに努めている。
その手段の一つとして、鶴岡ふうどガイドと協力者と共に、食文化をキーワードに観光に取り組んでいる。
菊池 私の専門は、スタートしたときは砂防学研究室に所属していた。よって土台の部分には防災・減災というものが入っている。地表面ではさまざまな変化が起こる。例えば雨が降る、風が吹く、火山が噴火する。そのようなことが起きると、地上の植物群集は影響を受ける。その植物の姿を読み解くことによって、その場所がどのような災害の履歴を持つところなのかが分かるのではないか、というのが私の専門の根本部分。
2024年4月から力を注いできたことの一つが庄内の砂丘林、海岸林、砂防林。23年度に過去最大の松枯れ病の被害が出た。これは非常に暑かったこと、さらに雨が少なかったために、マツノザイセンチュウやマツノマダラカミキリの活動が活発になったことで、被害量が大きくなってしまったようだ。山形県も予算を投じてさまざまな対策を講じてきたが、残念ながら23年はそのお金も尽きてしまった。
基本的には全量駆除といって、一度松枯れ病になってしまった木は治すことはできないので、すべて駆除しなければならないのだが、その対応が十分にはできずに罹患木を残してしまった。我々関係者は、24年度は昨年度を上回る被害量が出てしまうことを恐れている。
ただ恐れるだけではなく、これまでの全量駆除という対応はもうできないということが分かったので、根本から対策方針を変えようと、この半年間議論を重ねてきた結果、海岸林全域をゾーニングすることになった。
そのゾーニングは、重点エリアと準重点エリアの二つに全域を分けることである。重点エリアではこれまで同様にマツを中心に林を保全していく。一方、準重点エリアは自然遷移により侵入した広葉樹を生かした林として保全していく。
庄内の海岸林は縄文時代には広葉樹林であったことがわかっている。しかし草木が全く無くなってしまった砂丘に、森林として造成可能な樹種はクロマツしかなかったので、江戸時代からクロマツ林の造成・維持管理を進めてきた。
三百年以上が経過した現在、よく見ると海岸林の内陸側には、多くの広葉樹が入ってきている。クロマツ林により環境圧が緩和された立地では、自然遷移が進み、植えてはいない広葉樹が成長している。
そうならばこれら広葉樹を生かした海岸林のエリア、マツ一種ではなく、より多様な種により構成されるエリアがあってもよいのではないか。これまでとは異なる方針に沿い、庄内の生活あるいは生産活動を守ってくれている海岸林を健全に維持していこう、保全していこうという議論を半年かけてやってきた。
司会 一つ目のテーマは高速交通網の整備や防災強靭化等の社会基盤。今回の大雨被害や能登半島地震の際、高速交通網のほか、国道47号が通行止めになった。災害によって交通網が寸断されることが露わになった。
人口減少も考慮しなければならない。24年10月1日現在の庄内の人口は24万6953人で、鶴岡が11万5172人、酒田が9万4167人。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2050年の庄内の人口は16万517人、鶴岡が7万6968人、酒田は6万768人に減ってしまう。この状況で街づくり、地域づくりを考えたとき、交通網と地域の強靭化が大きなテーマになるのではないか。
髙橋 一番大きいのは人口減少にどう対応するか。全てに先立って、まず青写真がないと無駄なことがいっぱい出てくる。今までのようにはいかないという前提で、考え方を根本的に変えないと、全然話がかみ合わない、やる政策が人口減少時代に合っていないということがあるのではないか、と感じている。
高速道路網は、盛んに工事が進められていて、2026年にようやく北の秋田県と通じるようになる。新潟県境の方はまだ先が見えていない。北がつながるだけでもだいぶ違うとは思うが、最終的には南とつながらないと効果は半減以下。一日も早くつなげることが地域産業の基盤を作る上で重要で、他から観光客や企業を呼び込む上でも重要だ。
高速道路のネットワークは、経済の動きなど国全体をどのように使うかという観点でも大事。そういう意味では、酒田の場合は洋上風力発電事業も始まるし、カーボン・ニュートラル・ポートとしての酒田港の活用の点からも、一日も早くつながった方がさまざまなチャンスが増えると考える。
一方、防災、都市の強靭化の面では、復旧が一段落しつつあり、この冬から一部復旧工事に入る。酒田市・遊佐町と山形県で、全部で300カ所以上を3~5年間で復旧することになるが、膨大な工事量になる。
私も災害現場を見たが、自然の驚異はすさまじい。荒瀬川という1本の川に水が全部集中した。川一帯がほとんど跡形もない状況で、高いところにある集落は大丈夫だったが、川と同じ高さにある周辺集落は被害甚大だった。
実際、被害を受けた人たちに聞いても、もうここには住めないという意見が多かった。高齢の方が多いが、またここにお金をかけても、というのが正直なところだった。少しずつ家を直し始めている人もいるが、今後将来全体をどうするかという青写真が早急に必要とされている。
司会 山形・庄内両空港の滑走路2500メートル化についてはどう考えるか。代替機能としての役割、東日本大震災の時に仙台空港が使えなくて山形空港を使ったことを県知事は言っている。
髙橋 滑走路の拡張については大賛成。地域のチャンスが増える。庄内空港は5、6便しか飛んでいない。その他の時間は全部空いているのだから、多目的に使えるという形を目指すのは、地域にとっては非常にありがたい話で、チャンスがあるならやるべき。
司会 県外からの移住、別荘を購入する層がいるということだが、高速交通網、都市の強靭化、街づくりについてどう考えるか。
小池 交流・関係人口が増えれば、鶴岡や庄内エリアが選択肢に入る可能性は増えていくと思う。高速交通網の発展は距離と時間の短縮になるので、ビジネスチャンスにも直結すると思われる。街づくりは引き続き人口減少が進んでいくのは明らかで、将来の人口動態を見据えてその街のあり方を考えてほしい。
鶴岡市は面積が東北で一番広いため、その全域にインフラを整備・維持するのは将来的にかなり厳しいと思う。計画的に、例えば中心部に人を集めるという取り組みも必要ではないか。
司会 加藤さんは地域に根差した防災、街づくりを中心になってやっているが。
加藤 高速道路を南につなげることは絶対条件で、1年でも2年でも早くつなげてもらいたい。
1月1日の災害時(能登半島地震)には、高速道路が通行止めになった。国道7号も止まった。交通手段が無くなってしまい、思う通りの動きができなかったことが大きな反省点で、行政にも通行止めにする、しないの基準はどうなっているのか、見直すべきではないかと話した。
行政は一定の基準があって通行止めにしたと言い訳を言っているが、こちらは生活がかかっており、避難民もいる。道路が止められては困る、何のための高速道路なのだと強く意見を言っているが、行政から回答はない。
防災に特化した話になるが、これからは災害を避けては通れない。この先、人はいなくなる、先導する役員のなり手もいない。地域防災をどうするかを考えると頭が痛い。
私の方で現在、自主防災組織を作ってはいるが形骸化しており、残念な状況にある。1月1日の災害では我々の非力な面が明確に表れた。災害はいつ起きるかわからないという言葉があるが、本当に寒さには耐えられなかった。
要するに我々の組織の脆弱性、機材の脆弱さがもろに表れたというのが、今回の災害の反省点だ。これからどうやっていくか、行政にもお願いしているが、我
々が自助でやっていく必要もある。その辺りをいかに予算化し、精神的な面も含め、どのように再構築していくかを考えると頭が痛い。
防災の強靭化にはハードな面もあるが、一番は人間のソフトな面、人づくりだ。人づくりと組織づくりをいかにうまく確立するかということが私の仕事だし、地域のリーダーの仕事である。このあたりをもっと深く突き詰めていきたい。
司会 人づくりで具体的に取り組んでいることは。
加藤 知識力も必要なので、防災講習会や消防でやっている制度、救命救急講習会などに、お金を投資して地域の代表を参加させている。簡単にはいかないが、時間をかけて人材を作ることが大事。
司会 鉄道はどうか。
加藤 地域に羽越線の三瀬駅がある。年配の方々は鉄道に頼っている。羽越線については悲観的な話ばかり出て心配しているが、鉄道がなくなっては困る。
司会 食を通した誘客、防災の観点から、高速交通網についてどう考えるか。
中野 高速道路が整備されると観光客が来やすくなるというイメージを持ちがちだが、果たしてそうか。暮らしの利便性で考えれば高速道路の整備は必要だが、観光面では時間や費用などをかけずにこれまで行けなかった遠くの観光地に行くことが可能になる。
庄内が単なる通過点になってしまうことを危惧している。そのためどれだけ多くの庄内ファンをつくれるかが重要になる。庄内に来てもらう理由を今からつくっておかなければならない。
私は現在、食文化をテーマに旅行会社2社の企画を担当している。これまでの観光地巡りとは全く違う食文化に特化したもので、特にコロナ明けからは鶴岡、庄内の食文化を物語にし、旅行者が本を読むように旅行しながらその土地の食文化を楽しみながら理解するという「食べものがたり」を企画の軸にしている。
これは、物語の主人公がその土地の食文化に関わる人々、読み手が旅行者という役割が明確化されている。企画には旅行者が次の読み手(庄内の食文化のファン)を増やす仕掛けも入れた。
旅行代金は関東からの1泊2日で10万~15万円、新潟からの日帰りは平均滞在時間6時間で1万7千円と決して安くはないが、15万円近い旅行商品でも中にはキャンセル待ちが20人ほどのものもある。新潟からの催行率は今年度100%を達成し、旅慣れた客を中心にリピーターも増えている。
台湾の友人は年間4回ほど、食を目的に庄内に遊びに来ている。庄内に来るときは、いなほのグリーン車を利用している。初めて台湾の友人12人ほどを連れて来たとき、ほぼ貸し切り状態だったため「貸し切り列車を用意してくれてありがとう」と言われた。いなほのグリーン車は座席がゆったりしていて、日本の電車の中で一番居心地がいいと褒めてくれる。
庄内の旅はタクシーを借り上げて楽しんでいる。当初は1泊2日だったが、今は3~4泊と滞在期間を延ばし、庄内の食や文化を楽しんでいる。旅行者は、私たちが見えない視点を教えてくれる。私の旅行企画にとても参考になっている。
中野 人口の減少は地域のコミュニティの弱体化につながる。今後は地域の基盤がどんどん変わってくると思う。今後は昔の結(ゆい)(農作業などを小さな集落単位の住民で協力して行う互助組織)のような生活スタイルに戻るのではないか。
地域内のちょっとした補修などは地域でしなければいけなくなるだろう。「人づくり」は今後とても大事になるのではないだろうか。
食と防災で言えば、現在はどこでも食べ物を買え、注文すれば食べたい料理が食べられる。豊かになりすぎて、どこか「食」が他人任せになっている気がする。
しかし、いざ災害が発生してインフラが止まると、あふれていた食料が手に入りづらくなりパニックになる。そのときに乾物や塩蔵といった、昔ながらの冬越しの生きるための保存の知恵が役立つのではないか。
こうした昔ながらの食文化の知恵を未来に継承するため、個人事業で「乾物×防災」の講座を開いている。干しゼンマイやワラビなど昔からある「ばばごっつぉ」ではなく、パプリカやニンジン、ナスなどの野菜を切って乾物にし、カレーやみそ汁などの食べ慣れた料理にする作り方を教えている。
乾燥した野菜をそのまま調理するので、包丁、まな板いらずで災害時に不足しがちな野菜などを補える。古くからの食文化の知恵を現代社会でも受け入れられる形で伝えている。こうすることで昔からの乾物料理にも興味を持つ人が増えた。
地域のコミュティが昔の結のようなスタイルになるとしても、便利な暮らしを知った私たちは、昔の暮らし方を受けいれられない部分もある。異分野の人たちとコミュニティを広くすることで、視点を変えた物の見方ができるのではないか。災害が発生してからではなく、日常から災害に備えたトレーニングやコミュニケーションが家庭や地域で益
々必要になってくると思う。
司会 菊池先生は防災が専門であり、研究などでいろいろな所に行かれていると思う。その経験も踏まえて庄内の地域づくりの課題などを聞きたい。
菊池 皆さんが気づいているように雨の降り方が変わってきているのは事実だ。私も気になって気象庁の報告を見てみたら、この20年の雨量は右肩上がりだった。
1時間当たり50ミリの強い雨の発生頻度は右肩上がりだった。1時間当たり80ミリのさらに強い雨の頻度も、同様に右肩上がりになっている。24年7月の大雨でも、酒田市大沢地区では50ミリを超える雨が降った。
全国各地でこれまでとは違う雨の降り方をしている。酒田市で大雨災害を発生させた線状降水帯のように、雨が降り始めると、とても激しく降る。それが高頻度に起きているのが、今の日本が置かれている現実だ。
したがって、災害が発生することは、もはやどこにおいても避けられないともいえる。災害に対して、我々は川の堤防を高くする、強くする、あるいはダム等の構造物を造ることでこれまで備えてきたが、それだけでは間に合わないということが明らかになってきた。
この堤防やダムなどのハードなインフラストラクチャーを整備するだけでは防災対策として足りない、という気づきから、「これまでとは違う考えに基づいたインフラが必要ではないか」という流れが世界の大勢となっている。
それは「グリーンインフラストラクチャー」という考え。そしてグリーンインフラは社会の共通資本そのもの。なぜグリーンかというと、生物や自然環境が持っている特性を賢く利用するから。ハードなインフラだけでは足りない部分を、生物や自然環境に補ってもらおうという考え方だ。
このグリーンインフラという考えに私は賛同している。防災という一面だけでなく、現代社会が直面する課題を解決する多面的で科学的な考え方だと思う。批判的な見方をする人たちもいる。多額の税金を使ってハードを整備してきたのに、ハードだけでは何ともできなくなったからこれを投げ出し、生物や自然環境にその役割を押し付けるのかと思われているかもしれない。
だが、そうではない。これまでも自然林は水源涵養や土砂災害の防止という多面的な機能を担ってきた。そこへさらに知恵と資本を投下することによって、このグリーンインフラの機能をさらに高めようということ。それを今進めなければいけない時が来ている。
この地において安全・安心に生きるため、我々ができないことを自然環境や生物に押し付けるのではなく「賢く利用する」ことで推し進める時が来ていると思う。
庄内のグリーンインフラの代表的事例が、庄内砂丘の海岸林(砂防林)。この地で安全・安心に住むためには飛塩や飛砂の害を防がなければならない。そのためにあの林を300年かけて作り、守ってきた。
ただ、ハードもグリーンもその整備・維持管理に私達が用意できる資金や人のリソースは、全く不足しているということも分かってきた。だから方針を大きく変えることが必要だ。グリーンインフラの考え方にのっとり、維持管理に必要なリソースを最小限、最低限で済ませる、というのではなく、グリーンインフラ機能を高め賢く利用するため、これまで以上にリソースを集中的に投資することもありえるのではないかと思っている。
このように考え方を変えて進めていかなければ、災害が激甚化・頻発化する地域に、これまで同様には住んでいけなくなると思う。それぞれの地において持続可能な生活を営んでいくのであれば、グリーンインフラにリソースを使っていくことに考え方を変え、グリーンインフラの維持管理・保全を実践していかなければいけないと考えている。
司会 グリーンインフラが成長するまで、どのように対応していったらいいか。
菊池 これまでのハードインフラを活用しながらやっていかなければいけないと思う。だが、災害の激甚化・頻発化は待ってくれない。グリーンインフラを100年、200年という時間スケールで進めていくという全体像、青写真の中で、発揮してほしい機能が十分ではない期間が、移行初期には出てくるだろう。
そこで例えばグリーンインフラに100投資するところを、移行期間には既設のハードインフラにもその半分を投資しなくてはならないかもしれない。生物の成長や環境保全でグリーンインフラの機能が高まってきたら、その比率を少なくしていっていい。時間軸を入れた全体像、青写真を作っていかなければいけない。
中野 私の所属している「DRY and PEACE」では、毎年6月に乾物カレーという日を設けている。所属する乾物講師などが自ら乾物カレー講座を開き、地域の飲食店に働き掛け、乾物カレーで得た売上の一部や企業の協賛金などをモンゴルの緑化に当てている。なぜその活動をしているかというと、日本への黄砂の被害が深刻化している背景にはモンゴルの急速な砂漠化があり、その原因の一つに日本向けのカシミヤ需要があると言われているから。
乾物カレーの日を通じて環境や災害について考える機会をつくり、集まった資金でアンズの苗を購入して、緑化団体から植えてもらっている。アンズに実がなれば、干しアンズにして日本に輸入してもらうことも視野に入れている。
菊池先生のグリーンインフラには費用もかかる話を聞いて、庄内で、乾物カレーの日のようにグリーンインフラに関心が無い人にも知ってもらう機会や、参加できる仕組みづくりができないかと思った。食を切り口にグリーンインフラの資金や人手不足の課題解決ができるのではないか。
菊池 日常的なこととして、インフラである道を地域の人たちが維持・管理していたという歴史がある。これは現代の我々だって取り入れるべきことではないか。例えば地元の森の管理に自分の余暇を使うとかだ。
少し前までは里山の持つ資源に頼るため、その維持・管理を地元の人たちがやっていた。しかし資源を他に求めるようになり、今では里山に誰も目を向けない状態が常となってしまった。
今は、その次の時代が来ている。里山の重要性、必要性、多面性に我々は改めて気づき、里山というグリーンインフラの維持・管理をもう一度なんとかしなきゃいけないと気づいた。また、インフラ整備はプロにだけ任せたらいいのかというと、そういうことでもないかとも思っている。
加藤さんは「地域でいろいろな力が少なくなってきている」と言っていた。地域の中で果たしてもらうべき役割をさらに増やすことは難しい。閉じたコミュニティの中だけで全てを賄うのではなく、地域外の人を活用しながら広いコミュニティを作る。
加藤 私の住んでいる地域には結という制度があった。還暦の世代までは覚えていると思う。残念ながら今の若い人たちは結という制度に関心がない。そこにどう切り込み、人づくりをしていくかが難しい。
座談会は11月30日、三川町なの花ホール情報展示室で開いた