遊佐町沖での洋上風力発電事業の実施に向け、地元関係者らは「山形県遊佐町沖における協議会」(座長=吉村昇・東北公益文科大学学事顧問、以下法定協議会)の第5回会合を11月17日に同町内で開き、初めて参加した選定事業者の山形遊佐洋上風力合同会社(東京都)が、地域共生策や法定協議会でまとめた留意事項への対応方針などを説明した。これに対し漁業関係者からは、漁業影響調査や振興策に関して国や山形県、選定事業者による対応が遅れていることなどへの不満や疑問の声が相次いだ。法定協議会を傍聴した住民からは「漁業関係者が国・山形県・選定事業者に不信感を抱いていることがあらわになった」との指摘が出ている。(編集主幹・菅原宏之)

第5回法定協議会(11月17日)
法定協議会は、洋上風力発電事業の普及を図る「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」(再エネ海域利用法)に基づき2022年1月に設置した。
経済産業省、国土交通省など国の関係省庁、山形県、遊佐町、海面と内水面の両漁業関係者、学識経験者ら計14人で構成し、事業実施に向けて必要な協議と情報の共有を行っている。
この日は、法定協議会の構成員13人とオブザーバー2人、県と町の担当者、合同会社の関係者、庄内地域在住の一般住民など計約80人が出席した。
会合では初めに、大手総合商社の丸紅(株)(東京都)、総合建設業の(株)丸高(酒田市)、関西電力(株)(大阪市)、国際エネルギー企業BP(英・ロンドン)100%子会社のBPIOTA、東京瓦斯(株)(東京都)の計5社で構成する事業会社の山形遊佐洋上風力合同会社が、計画概要などを説明した。
この中で合同会社側は、洋上風車の配置・配列に言及し、建設する洋上風車30基を南北に10基ずつ、事業化想定海域内の海岸線と平行になる形で3列に配置することを明らかにした。
遊佐地域の将来像の実現では、発電事業の収益で造成する基金を活用した地域共生策として「海面漁業」「内水面漁業」「地域」の3分野から八つの重点領域を提案している、と解説した。
海面漁業では▼既存の漁業経営体制の維持・強化▼風車と共存した新たな漁業体制の構築▼後継者人材の確保・育成・定着の3領域。
内水面漁業では▼つくり育てる漁業の持続・地域がにぎわう産業への発展の1領域。
地域では▼産業振興・雇用創出▼生活環境の維持・向上▼教育・人材育成・産学連携▼定住・交流人口の増加支援の4領域を掲げている。
これに基づく具体的な施策は、合同会社が今年2〜9月に各団体に個別に説明した。9月以降に山形県や遊佐町が漁業関係者との意見交換の場も設け、現在は各団体で取り組み内容や優先順位の検討を進めている。
合同会社側は地域共生策の一環として、同社構成企業の丸紅グループの水産卸会社が、11月から酒田港に水揚げされたイカの買い取りを始めたことも報告した。
合同会社側は法定協議会でまとめた留意事項10項目への対応方針も説明した。
このうち洋上風力発電設備等の建設に当たり、選定事業者は①洋上風力発電設備等の事故などにより既存海洋構造物へ被害が及ばないよう必要な措置をとること―例として、想定される地震や落雷、台風などに対して十分な安全性を確保できるように洋上風力発電設備等を設計・建設すること。適切な離隔を確保することなど―を求められている。
これに対する対応方針では「基礎と風車タワーは国が定めている『洋上風力発電設備に関する技術基準の統一的解説』に従い、大規模な地震や防風波浪時でも構造的な健全性が担保されるよう設計する。また近接する海洋構造物や航路・泊地から適切な離隔を確保して風車を配置する」とした。
発電事業の実施に当たり、発電事業者は②漁船を含めた船舶の安全確保のため、洋上風力発電設備等の周辺での船舶の運航ルートについて、関係漁業者、船舶運航事業者、海上保安部、各施設の管理者、地元自治体に丁寧な説明・協議を行うこと―を求められている。
これに対する対応方針では「2026年度に設立を予定する航行安全委員会を開催し、船舶の安全に関する丁寧な説明・協議を行う。その中で漁船と洋上風力発電設備との衝突を防止する安全対策を検討し、関係漁業者と協議の上、必要な取り組みを行う」と説明した。
環境への配慮で発電事業者は③超低周波音、その他の発電事業の実施に伴う影響として、地域住民から不安の声が示される場合には、その払拭に向け必要な措置を検討し、地域住民に対して丁寧な説明・周知を行うこと―を求められている。
これに対する対応方針では「環境影響評価準備書手続きで予測・評価を行い、必要な対策を検討し、その結果を準備書で示す。また準備書の縦覧と説明会を開催し、住民へ丁寧に説明を行うことで、不安の払拭に努める」と説明した。
漁業影響調査は26年4月からの実施に向け、現在は漁業影響調査計画案を固めるための準備を進めている。洋上風車の基礎工事は29年3月に始め、運転開始は30年6月を予定する。
その後の意見交換では、松永裕美遊佐町長が「洋上風力発電事業の実現に向け、関係する皆様方のさらなるご協力を期待するとともに、町としても一緒に取り組んでいく」との考えを示した。
その一方で「(町民からの)不安の声、とりわけ騒音やシャドーフリッカー(風車の影)、超低周波音による健康被害、町のかけがえのない水資源の湧水などへの影響に対する懸念の声は、日々私の元に寄せられている。改めて町民の不安の声を真摯に受け止めていただきたい」と強く要請した。
その上で「事業が安全、確実に行われるよう関係官庁による指導・支援を行ってほしい。特にまだ知見が少ないといわれている、超低周波音による健康への影響については、環境影響評価におけるシミュレーション(模擬実験)だけでなく、風車建設後のモニタリング(対象の状態を観察・記録し監視すること)や疫学調査の実施など、選定事業者だけに任せるのではなく、遊佐町の大切な地域住民一人一人に見える形での支援をお願いする」と述べた。
松永町長はさらに、選定事業者に対する町民からの声も紹介し「選定事業者が決まれば、地域共生のための取り組みが動き出すと期待していたが、町民や地場企業の皆さんからは『そうした姿勢ははっきり見えない』『残念だ』という声もいただいている」と明かした。
そして「町民の生命と財産を守ること、町民の日々の暮らしを守ることが私の最大の使命。その担保が取れていることが地域、そして国民、町民の合意を得るための大前提であり、その上で発電事業が行われるものと考えている」と語った。
吉村座長は「町長さん、大変な熱弁どうもありがとうございました。選定事業者や県、国も地域が発展できるよう、このようなこと(洋上風力発電事業)を進めていることを理解いただければと思う」と述べた。
野玉悠葵・環境省地域政策課洋上風力環境調査室長補佐は「風力発電に伴う音の高低については、特別に洋上風力発電の低周波音が大きいわけではないことは説明している。選定事業者が環境影響評価を進めていく中で、説明してもらえると思っている」と答えた。
法定協議会に出席した構成員の漁業関係者4人からは、選定事業者や国、県に対する不満や疑問の声、要望や意見が相次いだ。
尾形修一郎・山形県鮭人工孵化事業連合会長理事は「我々は既に振興策を提出している。その振興策は、遊佐町全体の振興につながり得るものと考え作成したものだが、それに対する返答は無く、議論も無い。この先どのように進められていくのか不安であり、不満でもある」と批判した。
そして「配布資料には今後の進め方、振興策が載っているが、一体いつまでに行うつもりなのか。30年かけて行えば済むと考えているのなら、『我々はそんな流ちょうなスタンスでは無い』とはっきり申し上げる」と不信感を隠さなかった。
これに対し吉川雄大・山形遊佐洋上風力合同会社プロジェクトディレクターは「地域協調策や振興策については、調整や意見集約に時間を要しており、大変申し訳なく思っている。選定事業者として、何か他にできることがあれば我々も入って議論させたいと思っている」などと答えた。
桂和彦・山形県内水面漁業協同組合連合会参事は「法定協議会の初会合時から『サクラマスは放流後に北太平洋に出て戻ってくる。サケも同様』ということから、広域的な調査が必要と言い続けてきた。7月の第1回漁業影響調査検討委員会でも必要性を唱えたが、水産庁からは前向きな発言をもらえず、資源エネルギー庁からも明確な回答を得られなかった」と振り返った。
そしてサケの回帰率が現段階で昨年同期の30%弱にとどまり、遊佐のサケが8割を占める山形県は太平洋側の各県に毎年、400万~1千万個の卵を拠出してきたことなどを紹介した。
その上で「万が一影響を受けると、サケの資源が厳しい状況になってくることを大前提に、改めてサケについて広域的な調査をしてほしい」と訴えた。
さらに新潟県が稚魚のバイオロギング調査(生物に小型の記録計や発信機を取り付けて調査する研究手法)を行ったことに触れながら「新潟の隣県である山形、秋田両県でも稚魚の調査をする必要がある」と提言した。
吉川プロジェクトディレクターは「稚魚の生息状況や回遊漁などへの影響を把握・分析していく」などと回答。馬場俊介・水産庁資源管理部管理調整課計画官は「水産庁で回遊魚の広域的調査を実施するのは難しい。選定事業者にどんなことができるか検討してもらうのかと思う」と話した。
伊原光臣・山形県漁業協同組合理事は、漁業影響調査に関し▼漁業に生じる支障の内容や利害関係者の範囲などを整理する必要があり、事業化想定海域内で操業している漁船、同海域以外の周辺で操業している漁船など、幅広く見ていくことが大事になる▼漁業者は船も違えば、漁法もそれぞれ異なる。漁業者から理解を得るためには、聞き取りや実態調査をもれなく丁寧に行う必要がある▼洋上風車が実際に建ってみないと分からない部分は多いが、今から現状把握をしっかりとしておくことが重要になる―などと指摘した。
そして「目先のコストはかかるかもしれないが、漁業者の合意形成を健全に行うために、時間や回数にこだわることなく、(漁業影響調査を)丁寧に進めてほしい」と要望した。
吉川プロジェクトディレクターは「丁寧に合意形成を進めていくべきだと思っている。個別に各団体、漁業者を回り、調査内容や進め方などを、膝を突き合わせて相談したい」と答えた。
西村盛・山形県漁業協同組合専務理事は▼漁船は漁船保険に入っており、漁船が洋上風車に衝突して操業休止の状態になれば共済もある。その漁船保険と共済が、事故にどこまで対応できるのかを確認したい▼(漁業を)発電事業の中の漁業部門ととらえてほしい。漁業所得が上がるような対策や所得の多層化を目指しており、こうした点も考えてほしい▼山形県漁協は「天然漁の水揚げだけに頼らない組合員経営」を掲げ、海面漁業の中で養殖事業を進めることを明言している。早急に私たちと話をして進めてほしい―などと訴えた。
吉川プロジェクトディレクターは「事故が起きた際の漁船の保険や共済については、どういった対応ができるのかを今後協議したい。養殖については、丸紅グループに養殖事業をやっているところがあり、そこへの紹介や、どういった形で進めていけばいいかを、一緒に協議したい」と答えた。
法定協議会を傍聴した庄内地域在住の一般住民の間からは、選定事業者や国、県に対する疑念や反論、吉村座長への批判の声などが上がっている。
洋上風力発電の事業化に疑問や不信感を抱く庄内の住民でつくる「鳥海山沖洋上風力発電を考える会」の菅原善子共同代表は、本紙の取材に「山形県漁協などの漁業関係者が、国・山形県・選定事業者に対して不信感を抱いていることがあらわになった法定協議会だった」と指摘した。
そして「再エネ海域利用法は、地球温暖化対策を旗印に掲げながら、地域住民に多大な負担を強いる制度。漁業の損失を補うはずの、実現可能で具体的な漁業協調策・振興策はいまだに示されていない模様で、漁業関係者が不信に思うのはもっともなこと」と話した。
桂参事が「サケについて広域的な調査をしてほしい」と訴えたことに対する国の対応にも疑問を呈した。
菅原共同代表は「水産庁計画官が『水産庁で広域的調査を実施するのは難しい』と述べたのには驚いた。回遊魚の調査は広域に及ぶから水産庁に要望している。自らの責任を放棄した回答に聞こえた」と語った。
松永町長の「町民の生命と財産、暮らしを守ることが町長の使命。それを前提に事業を進めてほしい」旨の発言に対し、吉村座長が「町長さん、大変な熱弁どうもありがとうございました」とやゆするように述べたことも問題視した。
そして「最も基本的で重要な考え方を述べたにもかかわらず、発言の主旨には触れずに無視したのは、住民代表として出席している自治体の長に対して失礼な態度だった」と批判した。
考える会の三原容子共同代表は、漁業関係者4人から出てきたのは、振興策や漁業影響調査に関して、選定事業者や県が具体的に対応できていないことへの不満が主だったように受け止めた、と振り返った。
その上で「三菱商事(株)が(秋田、千葉両県の3海域で洋上風力発電事業から)完全撤退を表明したことに見るように、洋上風車の建設コストが爆上がりする中、本気でやる気が無いから足踏みしているのだろうか、と勘繰っている」と話した。
法定協議会は遊佐町のパレス舞鶴で開かれたが、傍聴者を10人に制限し、事前に申し込んだ傍聴者が11人以上の場合は抽選にする、とした運営方法にも疑問を投げかけた。三原共同代表は「実際の応募者は9人だったが、『来てほしくない者を排除するためなのか』と疑われても仕方が無い運営だった」と指摘した。
菅原共同代表と同様、吉村座長の対応にも疑問を呈した。三原共同代表は「(吉村座長は)『町長さん、大変な熱弁どうもありがとうございました』とばかにしたように返していた。発言内容には一切触れなかったことにもミソジニー(女性蔑視)を感じて怒りがこみ上げた」と厳しく批判した。