第51回衆議院議員総選挙の投開票が8日に行われ、庄内、最上両地域の13市町村が選挙区の山形3区では、自民党前職の加藤鮎子氏(46)=日本維新の会推薦=が、立憲民主、公明両党で結成した中道改革連合の落合拓磨氏(28)、国民民主党の喜多恒介氏(36)、参政党の遠藤和史氏(60)の3新人に完勝し、5選を果たした。加藤氏は前回選(2024年10月)の得票数から3千票超減らしたものの、これまで敗れてきた酒田市を含む全市町村で最多得票数を獲得した。落合、喜多、遠藤の3氏は政権批判票を取り込んだが、知名度不足と野党分裂の影響が響き、及ばなかった。投票率は59・03%で、前回選の62・17%を3・14ポイント下回った。(本紙取材班)

万歳三唱する加藤氏
総選挙では、高市早苗首相(自民党総裁)を信任するのかどうかに加え、「責任ある積極財政」を含めた経済政策、消費税減税の扱い、政治とカネの問題、外国人政策などが争点となった。
高市首相は1月19日の解散表明会見で「国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していきたい」と述べた。
このため防衛予算の水準を定める安全保障関連3文書の年内改定や防衛装備品の輸出を殺傷性の無い5用途に限る規定の撤廃、憲法改正、スパイ防止法などを、有権者がどう判断するのかにも注目が集まった。
4氏の13市町村別得票結果は表の通り。
加藤氏の陣営は8日夜、佐藤聡鶴岡市長、阿部誠三川町長、自民党の県議、市議、支援者ら約40人が鶴岡市大東町の加藤氏の選挙事務所に集まった。選挙戦の圧勝を感じ取ったのか、用意した座席には空席が目立ち、陣営には落ち着いたムードが漂っていた。
午後8時に加藤氏の当選確実の速報が出ると支援者から拍手が湧き、直後に加藤氏が姿を見せた。加藤氏は万歳を三唱して支援者と握手を交わし、花束を受け取って、だるまに目を入れた。
加藤氏はかすれ声で「感謝に尽きる。短期決戦だったが多くの人と会うことができたのは支援者のおかげ。逆風を感じた前回選挙とは違った。山形3区は課題がたくさんある。地域の課題を解決するために頑張ってくれ、との声をもらった。覚悟を決めて働く」などと述べた。
本紙の取材に田澤伸一県議会議長は「公明党が離れたことによる票数の移動は頭にあったが、国民民主党の新人が立ち、野党が分裂した構図になったことは助かった。我々としては戦いやすい選挙戦だった。加藤氏が衆議院議員を4期務めた実績が評価されたのだと思う」と勝因を分析した。
今後に期待することは「地域と国家の繁栄のために頑張ってもらいたい。特にインフラの整備は重要。酒田港の岸壁整備と庄内空港の滑走路延長、日本海沿岸東北自動車道の県境区間の早期開通、地域高規格道路新庄酒田道路の整備、新幹線の整備などを進め、産業振興と観光活性化につなげてもらいたい」などと要望した。
加藤氏はその後、酒田市松原南の選挙事務所に移動し、午後9時過ぎに到着した。
矢口明子酒田市長や松永裕美遊佐町長、自民党の森田廣、梶原宗明の両県議会議員、同党の市議会議員など約60人の支援者を前に「午後8時の早い段階で当選確実になったのは、『酒田飽海地区で勝つぞ』という思いを一つにして支えていただいた同志の皆さんのおかげ」とお礼を述べた。
渡部佐界・自民党酒田支部長は勝因を「冬場の短期決戦だったことから、各候補者とも街頭演説や個人演説会の回数が限られ、知名度のある加藤氏に有利に働いた。一昨年の大雨災害への対応や酒田港の基地港湾指定、日本海沿岸東北自動車道の県境区間の整備など、これまで取り組んできた実績が評価されてきたことも大きい」と指摘した。
森田県議会議員は「対立候補は知名度不足で運動量も少なかった。中道改革連合が期待している公明票は事実上、自主投票に近い形になっていたと見ており、(加藤氏に)3割程度は流れてきたのではないかと分析している」と話した。
落合陣営は、午後7時半前には候補者本人と石黒覚後援会長、選対本部長の佐藤寿県議がそろい、支援者約30人と酒田市富士見町の選挙事務所で開票を見守った。午後8時過ぎに山形県内3区全てで自民党候補者の当選確実が報道された後も動向に注目した。
落合氏は午後9時ごろに支援者の前に立ち、支援への感謝を述べ「すごい手応えがあったので驚いている。期待の声に応えるのが難しくなったのは不徳の致すところで申し訳ない。運動量の不足が敗因の大きな要因。全国的に野党の劣勢が報じられ、与党大勝の背景には足元の物価高、経済状況や国際情勢への不安があり、現政権の突破力への期待もあるのだろう。一方で何もかも与党の声で決まるのではという不安もある」と話した。
そして「選挙戦で訴えた、日本中どこでも安心して暮らしていけるためには日本海側が強くならなければいけないという政策、現地現場から声を聞きそこに答えがあるという政治姿勢は曲がることは無い。これからも声をいただけるよう真摯に活動していきたい」と言うと大きな拍手が起こった。
石黒後援会長は「落合候補が負けたのではない。中道改革連合が国民に浸透できず、国民が自民党を圧勝させる選択をした。これが国の衆議院議員選挙。落合候補がここで学んだことが彼を大きく育ててくれる。今日は落合候補のスタートライン。その先に必ず国会議員としての活躍がある。彼を国会に送り届けるまでしっかりと支えたい」とあいさつした。
佐藤選対本部長は「公示前に情勢が大きく変わり政党が変わり、支援団体も割れてしまう中で選挙戦に突入した。国会議員が一人も応援に来ない中で落合候補が頑張った。若いのに大変な思いをさせてしまった。申し訳ない。必ず次につながると思う」と、今後も引き続き支援を呼び掛けた。
選挙戦を振り返り「自民党大勝と言われる中で野党がまとまらないと勝てない状況は分かっていたのに、2党1団体が割れてしまい残念としか言いようがない。1本化できなかった分、票は減ってしまった。直前の昨年7月の参議院選挙で結果を出していただけに、本当にもったいない。公明党とは初めての体験で、一緒にやるというより、それぞれでやるという感じだったが、公明党の支援は日々高まっていると感じた。知名度不足は否めなかったが、本人に会って話をすれば支援の輪が広がる。今後の日々の活動の中で広げていくしかない」と話した。
鶴岡市新形町の選挙事務所では、喜多氏が開票開始数分前に事務所入りし、20人ほどの支援者や報道関係者とともにテレビを見守った。午後8時、事務所に加藤氏の当選確実の報が流れると、「あー、出たか」とため息交じりの声が漏れた。
結果を受け喜多氏は「本当に申し訳なく思っている。選挙戦では、厳しい冬の中で多くの有権者と直接対話し、人口減少や賃金の低さ、地域の将来に不安を抱く声を数多く聞いた。このままではいけないという思いを、地域の皆さんと共有できた」と振り返った。
その上で「今回の挑戦は次につながる一歩。諦めの時代から希望の時代へ、という流れを、今後も地域に広げていきたい。36歳。まだまだ挑戦を続ける」と誓った。
選対本部長の舟山康江参議院議員は「衆議院解散の報が入り、直後に喜多氏から『今回の選挙にチャレンジしたい』という申し出があった。山形県連として、山形3区には野党系の候補者もいる中、この選挙をどのように扱うべきか、県連幹事長の梅津庸成県議と県連会長の私を中心に議論を重ねたが、喜多氏の国政にチャレンジしたいという強い決意を確認し、1月23日に公認を決定した」と擁立の経緯を説明した。
結果については「新人候補としての知名度不足や準備期間の短さ、冬場の厳しい気象条件などが影響した」と分析し、「このチャレンジは必ず次につながると考えている」と今後に期待を寄せた。
喜多氏は報道陣から今後の活動を問われ「地域の方
々と相談しながら決めていく。あらゆる選択肢がテーブルに載っていると思っていただきたい」と答えた。
無党派層の取り込みを問われると「SNSなどを通じて若手スタッフと考え抜いた発信が、無党派層の方々にも届いたのではないか。新しい選択肢を示せたことに大きな意義と希望を感じている」と語った。
遠藤氏は3万票の獲得を目標に掲げていたが、獲得票は1万770票で35・9%にとどまった。
鶴岡市羽黒町の選挙事務所では、テレビで加藤氏の当選確実の速報が流れると、党員やサポーターは「早過ぎる」と落胆していた。
午後8時半過ぎに遠藤氏は「ご支援いただいた皆さまに、結果でお応えできず申し訳ありません。選挙戦で伺った『暮らしが苦しい』『現場がもたない』という声を重く受け止めている。ここで終わりにせず、地域の現場に立ち続け、政策提案と対話を積み重ねる。本当にありがとうございました」とのコメントを出した。
党員やサポーターの支援を受けながら、他の候補者が行かない山間地域でも遊説を重ね、支持を呼び掛けた。日本人ファーストの主張を前面に打ち出し、食を守る農業の大切さや、0~15歳の子ども一人10万円の手当などを訴えた。